第1回JR板橋駅から東武練馬駅
レポート&写真 中島 征雄
実施日 2019(H31)年3月20日(水)天気 快晴 気温高い(20℃位)
参加者 折本 文夫、前北 勝司、中田 信義、伊藤 泰弘、相原 教男、宇山 治男、杉田 勝行、
中島 征雄 計8名
GPSデータ
歩行距離:11.9km 全体所要時間:4時間23分 移動時間:3時間20分 停止時間:1時間03分
移動平均速度:3.58km/h 全体平均速度:2.71km/h 累計歩行距離:11.9km
概要
JR板橋駅東口の広場に集まり、予定よりも少し早かったが、9時34分に出発。目前の「近藤勇の
墓」を見て、旧中山道に向かう。痕跡もない「平尾一里塚」を確認?、旧中山道を進む。国道17号線を
渡り、国道右奥の東光寺に向かう。「東光寺」には、「寛文二年の庚申塔、区内最大級の石造物・石地
蔵菩薩坐像、宇喜多秀家の墓」がある。川越街道と旧中山道の分岐・「平尾追分」から旧中山道(不動
通り)に入り100mの右の「観明寺」に寄る。(10:00)
「観明寺」には「都内最古の寛文元年造立・青面金剛庚申塔、加賀前田家下屋敷の通用門の山門、
下屋敷内にあった豊川稲荷神社と欄間の左甚五郎作龍の彫刻」がある。
国道17号線の板橋二交差点で左折、四ツ叉通りを進むと「四ツ叉馬頭観音」がある。山手通りを渡
り、商店街を進み、大山駅がある東武東上線の踏切を渡るとアーケードがある商店街になる。500m
以上続くアーケード商店街が終わると国道254号線に合流。国道を右に入った所に「大山 福地蔵尊」
がある。(10:33)
国道を進み、日大病院入口交差点で斜め右に入る道が旧川越街道(下頭橋通り)でここが「上板橋
宿」の入口。我々は、「轡(くつわ)神社」に寄るために右折。「轡神社」の名の由来は『この地を訪れた
徳川家康の乗馬のくつわを、また馬蹄を祀ったから』と言われている。
旧川越街道(下頭橋通り)に出、上板橋宿の中心にある「豊敬稲荷神社」に寄る。ここには、「旧板
橋宿概要図」が掲出されていて、宿の今昔が判るようにしてある。街道を少し進んだ右に古めかしい板
壁の家があり、「説教強盗」で知られた「三春屋」である。直ぐ先左の「飯島鳶工業」の玄関先に「板橋」
と「里程標 距 日本橋二里二十五町三十三間」の標柱がある。
石神井川に架かる「下頭橋」の右袂に「六蔵祠」ある。橋を渡ると街道は左に急に曲がり、国道254
号線と環状7号線の交差点に出る。交差点の向こうに「長命寺」が見える。
「長命寺」(11:20)は「東高野山」とも言われ、この裏の高台は、豊島氏の「板橋城跡」と伝えられ
ている。国道254号線を進み、1km程で旧街道は斜め右に入り、上板橋南口商店街を進む。上板橋
駅入口交差点を左折し、国道254号線に出ると、国道の中央分離帯に「五本ケヤキ」がある。「五本ケ
ヤキ」は元上板橋村村長の屋敷林の一部で、国道254号線を造るときに残されたもの。国道を渡り直
進すると「都立城北中央公園」がある。(12:00)ここのあずまやで昼食をとる。
昼食後、公園内の「茂呂遺跡」と「栗原遺跡」を見て、旧川越街道に戻る。(13:01)「子育て地蔵尊」
に寄り、進んで北一商店街に入る。ここから「下練馬宿」となる。街道は環八道路を横切るが、陸橋の
上に「下練馬宿の大山道道標」と「東高野山(長命寺)道標」がある。(13:17)
環八道路を渡ると、今は変わってしまった「脇本陣」、「本陣」、「問屋場」があった所。その先を左折
して「徳川綱吉御殿跡」と「阿弥陀堂」に寄る。「阿弥陀堂」では「千川上水」開設者千川家累代の墓が
あり、お参りをしていたら、お彼岸ということで住職から全員にお供物が配られました。街道に戻るとす
ぐ右に「浅間神社」と「下練馬の富士塚」があり、裏に「清性寺」と「白狐稲荷神社」がありました。
「富士塚」に登り集合写真を撮る。
街道を進んだ右側に「北町観音堂」があり、観音坐像の他、馬頭観音が祀られ、仁王像もある。裏
道を通って行くと、13時56分、今日のゴール・東武練馬駅に着いた。
今日の行程には、江戸に近いこともあって、見どころは多くあった。
寿会HPに載せたガイドに多々誤字、変換ミスがあり、お詫びいたします。
そこは、目をつぶってお読みください。
以上
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